死刑廃止論者の戯言

この人は狂人かな?

それとも死刑廃止論者はここまで詭弁を言ってでも死刑を廃止したいのかな?
死刑廃止にそこまでの価値を見出す人は、誰かを殺す予定があって、誰かを殺しても自分は死刑になりたくないということかな?

 

 

「自分の子どもが殺されても 同じことが言えるのか」と 書いた人に訊きたい|森達也 リアル共同幻想論|ダイヤモンド・オンライン.

 

まさか、

あるいはあなたの友人が、「自分が牛であることを考えたらあまりに辛くて可哀想だから牛肉を食べない」と宣言したとしたら、あなたはどう思うだろうか。喩えが少し極端であるかもしれない。でも本質は変わらないはずだ。あなたは牛ではない。ならば論理や感覚は牛とは違う。これも当たり前だ。もしも自分が牛だとしたらと考えて、そのように行動する必要も意味もない。

ここまで豪快な詭弁を掲載する雑誌があるとは思えなかった。

 

私の場合、死刑を廃止するべきではないという理由は一つ。殺人犯に殺されたくないから。

 

従って、殺人については少年法を適用するべきではないし、3歳児が赤ちゃんを絞め殺したとしても、その3歳児は死刑になるべきだと考える。

何せ、善悪の判断もせずに人を殺すような子供が大人になった場合、殺人を躊躇しない大人になる可能性が十分に高いし、そのような子供が発生する確率は子供全体から見れば十分にレアケースなので問題はない。

 

そして


 判決翌日、多くの識者やジャーナリストが、凶悪化と増加の一途をたどるこの国の少年事件に厳格な姿勢を示した判決などと述べた。これもまったく事実無根だ。少年事件は一般の殺人事件と並び、毎年のように戦後最少を更新している。この国の現在の治安状況は、ほぼ世界最高水準で良好だ。そしてその最大の理由は、諸外国に比べて青少年事件が圧倒的に少ないからだ。

 先日、元法務官僚で現在は犯罪学などを専門にする浜井浩一龍谷大学教授に会ったとき、犯罪学会に行くたびに諸外国の法学者や犯罪学者から「なぜ日本の青少年はこれほどに犯罪を起こさないのか」と必ず訊ねられると苦笑していた。でもそんな事実を知る人はほとんどいない。

と、殺人犯は少ないという事なんだから、殺人犯は死刑にしたとしても日本全体として考えれば些細な問題だし、自分が当時者になる確率は外国に比べてずっと低いのだから、少年であるという理由で犯罪者を保護する必要はない。
もちろん、殺人犯はずっと少ないのだから、死刑にしても良いわけだ。むしろ死刑の可能性があるから犯罪がすくないと考えるべきだろう。

 

 

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